改訂新版 世界大百科事典 「太陽観測」の意味・わかりやすい解説
太陽観測 (たいようかんそく)
solar observation
太陽の光と熱の恵みを受けてきた人類は,大昔から太陽を最高の崇敬物としてあがめてきた。皆既日食のときに,昼が急に夜となり黒い月のまわりにあやしく輝くコロナを見てどんなに恐怖感を抱いたことであろう。したがってオリエントや中国では早くから日食の予報が行われ,今もサロス周期として知られている規則性はバビロニア時代に知られていた。コロナの最古の記事はフィロストラトスの《テュアナのアポロニオス伝》に光環を見たとある。その後もコロナの観察記録があるが,コロナは地球大気中の現象ではないかと考えた者もいたが,太陽の大気であると実証したのは1869年の日食でハークネスWilliam Harkness(1837-1908)とヤングCharles Augustus Young(1834-1908)がコロナのスペクトル中に固有の輝線を発見したことによる。
太陽面に黒いしみのあることは,アリストテレスの高弟であるアテナイのテオフラストスが記録している。中国では《淮南子》(前179ころ)に日中に踆烏(三本足のカラス)ありと記されている。漢時代から黒点らしい記録がたくさん残っている。日本では《文徳実録》に,仁寿元年(851)スモモのように大きい黒点が見えたとある。しかし太陽面の現象として黒点を認めたのは,ガリレイが望遠鏡を太陽にむけた1610年に始まる。彼は黒点の観測を基に,黒点の動きは日面緯度によらないことや太陽の縁近くでは速度が遅くなることなどから,太陽が黒点を運んでいるものであると科学的な論証をしている。ドイツのJ.ファブリチウスも同年に望遠鏡で黒点を観察し,西の縁に没した黒点が,10日後再び東の縁に出現したと翌年の論文に書いている。H.S.シュワーベは,水星よりも内側にあるかもしれない未知の内惑星の日面通過を見つける目的で,それと見誤らないように1826年より黒点観測を始めた。内惑星の発見はできなかったが,黒点の出現のしかたの規則性に気づいた。その後多くの人々が黒点を観測して黒点数の11年周期変動を発見した。また最近ではこれらの現象をひき起こす原因は,太陽内部の巨大な対流運動と微分回転とによって磁場が増幅されることによると考えられ,詳しい研究が行われている。
分光学の進歩とともに,吸収線による研究が進み,太陽大気中に存在する化学組成,温度,圧力,乱流運動などの知識が飛躍的に増えた。
96年オランダのP.ゼーマンは,光源を強い磁場の中におくと,その光源の発するスペクトル線は偏光状態の異なった成分に分かれ,1本の吸収線が波長の異なる線に分離すること(ゼーマン効果)を発見した。この分離が磁場の強さに比例するので,ゼーマン効果は天体の磁場を知る手段を与えた。アメリカのG.E.ヘールは,1908年黒点の吸収線の中に異常に線幅の広いものがあり,偏光を調べゼーマン効果によるものであることを証明し,黒点は2000~3000ガウスにも達する強い磁場をもつことを明らかにした。
コロナの物理的状態は日食時に撮ったスペクトルにより明らかにされた。1869年北アメリカの皆既日食でコロナのスペクトル観測に成功し,コロナは連続スペクトルと緑色の輝線とからなっていることが明らかとなった。この緑色輝線は,地上に存在するどの元素にも対応せず,地上にないコロナ特有の元素によると考え,コロニウムと名づけられた。この正体がわかったのは,スウェーデンのエドレンB.EdlénとドイツのグロトリアンW.Grotrianの研究による。1941年緑色輝線は実は高階電離した鉄イオンによることが明らかにされた。13個の電子を失った鉄である。このような高階電離をするためには,コロナは150万Kという高温でなければならないということがわかった。コロナを高温にしている原因は,音波衝撃波によると考えられていたが,今ではそれは否定されて,電磁的加熱である可能性の研究が進められているところである。
実際の観測
太陽は明るすぎるので,直視したり,望遠鏡や双眼鏡でのぞくのは目にとって危険である。しかし,フィルターや黒く現像されたフィルムや雲などによって,十分減光された太陽であれば,見てもよい。観測に使用される望遠鏡は,屈折式赤道儀でも反射式赤道儀でもよいが,反射式は太陽熱による鏡の歪みを受けやすいので,屈折式が多く使われる。1日のうちの観測時刻は,地球大気の状態がよくて太陽像のゆれの少ないときがよい。望遠鏡の置かれている場所ではいつ太陽像が安定するのかを調べておくとよい。この時刻は季節によっても異なるが,午前中のところが多い。望遠鏡は,風の流れの静かで,かげろうの少ない場所に設置することがのぞましい。ドームの外壁を白くぬって太陽熱による暖まり方を少なくしたり,あるいは,池の北側に設置するなどして,太陽像のゆれの少ない場所選びをするとよい。
観測には,投影による実視観測と,写真撮影と,ビデオカメラによる方法がある。投影法は,太陽像を投影板上に拡大して,黒点,白斑,粒状斑を観測する。像を拡大するための接眼レンズは,主焦点の近くに置かれるので熱に強いホイヘンス式がよい。投影された太陽像の上にはがき大の白い紙を振動させながら観測をすると黒点などが見やすい。白斑は,太陽像の縁近くや,太陽の北極域,南極域に白い粒々状のものとして見える。空の状態がよいと,太陽像全面にざらざらした粒状のものが見える。これは粒状斑である。望遠鏡の運転装置を止めると投影板上の黒点は西の方向に移動するので,点で印をつけて黒点を追いかけると,それが太陽像の東西方向となる。また望遠鏡を水平方向に向けようとするときに像が移動する向きが北となる。このようにして太陽像の方向をきめたら,太陽自転軸の表(たとえば理科年表)を使って,太陽自身の自転軸や赤道が求められる。投影板上の紙に黒点や白斑をスケッチし,黒点数を数えたり,日々の黒点の移動からおのおのの日面緯度における自転の速さを求めることができる。
写真撮影の場合には,できるだけ高速シャッターを使うほうがシーイングによる太陽像のぶれが小さい。太陽は明るいので,粒状性の微細な感度の遅いフィルムが使える。焦点位置は温度によって異なるので,つねに焦点合せをすることもたいせつである。
プロミネンスや黒点などを1分間に1コマずつ撮り,後で,実際の時間経過よりも100~200倍速くして映画的に見ると,運動のようすがよくわかる。ビデオカメラは,像の分解能において写真より劣るが,映画的に現象を見るのには便利である。
執筆者:日江井 栄二郎
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報