日本歴史地名大系 「河口村」の解説 河口村かわぐちむら 新潟県:東蒲原郡三川村河口村[現在地名]三川村白川(しらかわ) 川口(かわぐち)北は岡沢(おかざわ)村、南は白崎(しろさき)村、西は吉津(よしづ)村に接し、阿賀野川の北岸にある。「新編会津風土記」に新谷(あらや)川・中(なか)ノ沢(さわ)川が阿賀野川に流れ込む地点であることから名付けられたとある。文禄三年(一五九四)七月の蒲生氏高目録帳(内閣文庫蔵)に「河口 岡沢 百五十六石六斗一升」とあり、給人は平左。元和六年(一六二〇)の漆木役は三七本(津川旧記)。元禄郷帳では九石余、旧高旧領取調帳では川口村とあり九一石七斗余。 河口村かわぐちむら 熊本県:上益城郡清和村河口村[現在地名]清和村川口(かわぐち)西は鶴底(つるそこ)村、南は井牟田(いむた)村・鶴底村、北は阿蘇外輪山の高千穂野(たかじようや)を境に阿蘇郡二子石(ふたごいし)村(現久木野村)と接する。笹原(ささわら)川最上流の集落。字山立(やまだち)の山立遺跡から弥生期の有柄磨製石剣が出土している。正平九年(一三五四)八月一三日の肥後矢部郷村注文(阿蘇家文書)に「かはくち」とあり、貫高は四貫三〇〇文であった。なお元徳二年(一三三〇)一月一四日の阿蘇社造営料木第三箇度切符写および正慶元年(一三三二)の造営料釘等支配状写(ともに同文書)に「河口」とあるが、当村をさすのかどうかは決定しがたい。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by