20世紀日本人名事典 「河辺青蘭」の解説 河辺 青蘭カワベ セイラン 明治期の日本画家 生年慶応4年1月1日(1868年) 没年昭和6(1931)年4月19日 出生地大坂・南堀江 本名河辺 元子 別名別号=碧玉,蕉雪盧 経歴河辺伊右衛門の三女に生まれる。10歳で巽蓼湾に画を学び、のち南宗画・橋本青江に師事し文人画を学ぶ。特に花鳥山水画を好んで描く。東京美術協会に出展の画が英照皇太后買い上げとなり、明治28年明治天皇の広島御幸の際には作画を献上した。第3・4回内国勧業博覧会に出品し褒賞を受け、以後も展覧会で受賞を重ね、女性南画家として活躍。門弟が多く、清娯会、友蘭会、雅静会などを主宰し後輩の育成に努めるなど、野口小蘋と並び東西の巨匠と言われた。 出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報
デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「河辺青蘭」の解説 河辺青蘭 かわべ-せいらん 1868-1931 明治-大正時代の日本画家。慶応4年1月1日生まれ。橋本青江に文人画をまなび,花鳥・山水画をこのんでえがく。門弟がおおく,清娯会などを主宰した。昭和6年4月19日死去。64歳。大坂出身。名は元子。別号に碧玉。 出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例