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河野守弘 こうの もりひろ

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美術人名辞典の解説

河野守弘

国学者・地誌考証家。初名為蔵のち通弘・守弘、通称伊右衛門。石崎音五郎通興の子、河野顕三の祖父。下野国生。文武に優れ、浅草庵大垣市人に師事し国典・儒学に通じる。文政12年頃から20数年に及び各地を踏査し、嘉永3年(1850)に『下野国誌』を完成する。また勤王の志を持ち、横田祈綱等こ国事に尽した。著書に『三音対格』等がある。文久3年(1863)歿、71才。

出典|(株)思文閣
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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

河野守弘 こうの-もりひろ

1793-1863 江戸時代後期の国学者。
寛政5年6月16日生まれ。河野顕三の祖父。下野(しもつけ)大道泉村(栃木県二宮町)の人。江戸で浅草市人(いちひと)に狂歌や国学,儒学をまなぶ。帰郷後,20年間にわたって各地を調査し,嘉永(かえい)元年(1848)「下野国志」を完成させる。尊攘(そんじょう)運動にも参加した。文久3年4月9日死去。71歳。本姓は石崎。通称は伊右衛門。号は氈屋など。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

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