河野宗賢(読み)こうの むねかた

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「河野宗賢」の解説

河野宗賢 こうの-むねかた

?-1222 鎌倉時代の武将
伊予(いよ)(愛媛県)の豪族河野通清(みちきよ)に養育され,出家して出雲坊宗賢と称する。承久(じょうきゅう)の乱(1221)で義兄の通信らとともに後鳥羽(ごとば)上皇方について敗れる。伊予にもどり大竹(大洲(おおず)市)に大円寺をたて,養父冥福(めいふく)をいのったという。貞応(じょうおう)元年死去。名は信吉通称六郎

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

[名](スル)一定の主義・主張がなく、安易に他の説に賛成すること。「多数派に付和雷同する」[補説]「不和雷同」と書くのは誤り。[類語]矮人わいじんの観場かんじょう・同意・賛同・支持・賛成・雷同・便乗・...

付和雷同の用語解説を読む