泉源寺村(読み)せんげんじむら

日本歴史地名大系 「泉源寺村」の解説

泉源寺村
せんげんじむら

[現在地名]舞鶴市字泉源寺・愛宕上町(あたごかみまち)・愛宕中町(なかまち)・田中(たなか)町

愛宕山南麓、若狭街道に沿った志楽川が西流して舞鶴湾(東湾)に注ぐ所に位置し、志楽谷の農業・交易の中心地として栄えた。市場(いちば)村は当村の枝村であった。

古代は志楽郷(和名抄)、中世は志楽庄春日部(かすかべ)村として推移。地名が由来した寺院泉源寺の名は永正一〇年(一五一三)四月五日付の恵和田地作職宛行状(梅垣西浦文書)にみえるのが早く、村名は永禄四年(一五六一)正月四日付の西浦抱分田地指出(同文書)を初見とする(→志楽庄)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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