泣面町(読み)なきつらまち

日本歴史地名大系 「泣面町」の解説

泣面町
なきつらまち

[現在地名]相馬市中村(なかむら) 大手先(おおてさき)

西山(にしやま)河岸(西山片町)の俗称。涙顔(なみだがお)町ともいい、会所(かいしよ)町の北端から西へ延びる長さ一九四間の通りで、通りの北側は南二の丸の堀をなしていた。南側は喬木が茂り、日が遮られて冬季は寒さが厳しく、歩行者の顔が泣くのに似ていることから、泣面町・涙顔町の俗称が出たという。大身の武家屋敷が並ぶ。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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