津島郷(読み)つしまごう

日本歴史地名大系 「津島郷」の解説

津島郷
つしまごう

「和名抄」高山寺本に「豆久万」、東急本・刊本に「都之万」の訓がある。郷域については半田(はんだ)山丘陵とその南麓の現岡山市津島地区を中心とした地域に比定されている。推定郷域内には縄文後期の貝塚である朝寝鼻(あさねばな)貝塚、縄文晩期から中世にかけての複合遺跡で、とくに弥生時代全期にわたる遺構や遺物が豊富に検出されている津島遺跡、弥生後期から古墳時代にかけての首長墓である都月坂(とつきざか)の墳丘墓、七(なな)つ(ぐろ)古墳群などがある。平城宮跡から当郷関係の木簡二点、「(表)備前国三野郡津嶋里」「(裏)庸津嶋木上一俵」と、「御野郡津嶋郷津嶋□(部カ)」が出土している。前者は里名表記から大宝二年(七〇二)以降霊亀元年(七一五)以前の、庸米貢納にかかわるものであることが知られるが、後者については不明。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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