浄国寺町(読み)じようこくじまち

日本歴史地名大系 「浄国寺町」の解説

浄国寺町
じようこくじまち

[現在地名]南区南船場みなみせんば四丁目

順慶じゆんけい町五丁目の西にある両側町。東端御堂みどう筋から一町のところを南北佐野屋橋さのやばし筋が通る。町名は明暦元年(一六五五)大坂三郷町絵図にみえる。東横堀ひがしよこぼり川西側、本町ほんまち橋と農人のうにん橋の間(現東区)に永禄年中(一五五八―七〇)開基した浄国寺が当町に移り、さらに元和年中(一六一五―二四)西寺にしてら(現天王寺区)に移され(蓮門精舎旧詞)、そのあとに人家が建てられたという(摂津名所図会大成)。大坂三郷南組に属し、元禄一三年(一七〇〇)三郷水帳寄帳では屋敷数三〇・役数三五役で、うち年寄分・会所分各一役が無役。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む