日本歴史地名大系 「浄妙寺跡」の解説
浄妙寺跡
じようみようじあと
、古塚累々、幽
寂々」とみえ、当時すでに付近には数多の墳塚が散在していたようだ。供養に先立って藤原行成の筆になる鐘銘を刻んだ梵鐘も鋳造されている(権記)。「栄花物語」巻一五には「僧坊を左右に建てさせ給ひ、中に馬道をあけて、十二人の僧を住ませ給ふ。別当・所司を定めさせ給て、夏冬の法服を賜ひ、やがてその辺りの村、一つさとゝなさせ給」とみえる。
寺域周辺に広大な寺領を有したが、永承六年(一〇五一)日野資業によって建立された
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報