浄漸寺(読み)じようぜんじ

日本歴史地名大系 「浄漸寺」の解説

浄漸寺
じようぜんじ

[現在地名]佐世保市上原町

上原うわばる町の東部にある。医王山と号し、真言宗智山派本尊薬師如来。永正九年(一五一二)成雲の開山という(「安満岳末寺帳」松浦史料博物館蔵)。「印山記」天正二年(一五七四)条に「浄漸寺薬師如来霊験」とみえる。もと早岐里はいきさと賤津しつつにあったが、慶長年間(一五九六―一六一五)兵火で焼失。元和年間(一六一五―二四)平戸藩三代藩主松浦隆信の庇護を得て再建され、開山を勢真としている。文政八年(一八二五)住持晋恒のとき編まれた寺領本末等書上帳(寺蔵文書)によれば、平戸安満やすまん岳の柳楊山西禅さいぜん(現廃寺)末寺で、早岐三ヵ村在浦三ヵ皿山の祈願所とされ、寺領五石のほか、田祈祷米三俵を与えられており、また広田ひろた重尾しげお八幡宮の一手持、かつ同村宮崎みやざきの住吉宮の別当寺であった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む