浅草西仲町(読み)あさくさにしなかちよう

日本歴史地名大系 「浅草西仲町」の解説

浅草西仲町
あさくさにしなかちよう

[現在地名]台東区雷門かみなりもん一―二丁目

浅草並木あさくさなみき町の西にあり、北は浅草東仲あさくさひがしなか町、西は浅草田原あさくさたわら町二丁目、南は浅草三間あさくささんげん町。往古中畑なかはたけと称していたが、寛永二〇年(一六四三)町割直しの検地があり仲町となった。万治二年(一六五九)には町方支配に属し、寛文五年(一六六五)東仲町・西仲町とに分れたと伝える(文政町方書上)。寛文新板江戸絵図には「西中丁」とみえる。町内規模は東西一一八間半、南北は西方が五九間、中ほどが三一間半、東方が六二間。浅草田原町二丁目との間の横町竈横へつついよこ町、浅草並木町から続く横町を大仏横だいぶつよこ町、当町の中通りを古着店ふるぎだなと称した。町奉行支配で浅草寺領年貢地、反別は一町四反余。文政八年(一八二五)の家数三三九。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

4月1日の午前中に、罪のないうそをついて人をかついでも許されるという風習。また、4月1日のこと。あるいは、かつがれた人のこと。四月ばか。万愚節。《季 春》[補説]西洋もしくはインドに始まる風習で、日本...

エープリルフールの用語解説を読む