浅野忠吉(読み)あさの ただよし

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「浅野忠吉」の解説

浅野忠吉 あさの-ただよし

1547-1621 織豊-江戸時代前期の武将
天文(てんぶん)16年生まれ。織田信長につかえ,のち従兄弟(いとこ)の浅野長政家老となる。関ケ原の戦いでは東軍につく。浅野本家の紀伊(きい)移封(いほう)にともない新宮(しんぐう)城主となり,さらに広島移封で備後(びんご)三原城主,筆頭家老となった。元和(げんな)7年5月7日死去。75歳。尾張(おわり)(愛知県)出身。幼名は又蔵。通称は右近大夫,次郎助,平左衛門。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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