日本歴史地名大系 「浜口町浜」の解説
浜口町浜
はまぐちまちはま
元文六年(一七四一)当町の伝四郎が新たに肥前長崎者定宿に加えられ、従来の筑後屋伊左衛門らと合せて博多の長崎者定宿は五軒になった(津要録)。宝暦四年(一七五四)以前、長崎の蜂屋弥市郎は当町と竪町浜の境の大浜の空地を借受け、「唐人渡リいりこ・あわひ」を仕立てたいと願出た。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
元文六年(一七四一)当町の伝四郎が新たに肥前長崎者定宿に加えられ、従来の筑後屋伊左衛門らと合せて博多の長崎者定宿は五軒になった(津要録)。宝暦四年(一七五四)以前、長崎の蜂屋弥市郎は当町と竪町浜の境の大浜の空地を借受け、「唐人渡リいりこ・あわひ」を仕立てたいと願出た。
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