日本歴史地名大系 「浦宿浜」の解説 浦宿浜うらしゆくはま 宮城県:牡鹿郡女川町浦宿浜[現在地名]女川町浦宿浜・旭(あさひ)ヶ丘(おか)万石(まんごく)浦の北東岸に位置し、北は照源寺(しようげんじ)山で女川浜に接し、東は鷲神浜(わしのかみはま)に続き堀切(ほりきり)という所から浦宿分、西は沢田(さわだ)村(現石巻市)の苔(こけ)ノ浦(うら)に接し、毒(どく)沢までが浦宿浜であった。村名の由来は、万石浦沿岸の宿場の意と推測される(女川町誌)。正保郷帳によれば、田五貫四六五文・畑一貫七〇九文で、柴山と注記される。牡鹿郡遠島女川組大肝入扱いのうち。藩政期を通じて蔵入地で、「牡鹿郡万御改書上」によれば、元禄年間(一六八八―一七〇四)の田六貫二一八文・畑二貫八七一文で、茶畑七七文・海上高一〇七文、男二四七・女二一八、浦宿浜在家は東西四五間・南北五二間、大沢在家は東西三町二〇間・南北一町三〇間、安住在家は東西四〇間・南北一町で、肝入は又兵衛であった。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by