浦山宿(読み)うらやましゆく

日本歴史地名大系 「浦山宿」の解説

浦山宿
うらやましゆく

[現在地名]宇奈月町浦山

愛本(あいもと)橋が寛文二年(一六六二)に架けられ、北陸街道の上街道が往還道となると、浦山宿と舟見(ふなみ)宿(現入善町)が置かれた。両宿がいつできたか明確ではない。記録には万治年中(一六五八―六一)とするもの、寛文三年とするもの、同七年とするものなどがある。天保八年(一八三七)の往還宿駅人足継立書上帳(加越能文庫)によると、舟見宿までの距離は一里一七町、三日市(みつかいち)宿(現黒部市)までは一里二七町、賃銭は四割の割増銭を加えて舟見宿まで本馬七八文四歩・軽尻五一文八歩・人足三九文二歩であった。当宿には加賀藩主やその重臣が宿泊する御旅屋と、支藩の富山藩主・加賀大聖寺藩主が宿泊する本陣があった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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