アイルランドの劇作家J・M・シングの一幕悲劇。1904年初演。西の果ての絶海の孤島に住むモーリャは、舅(しゅうと)と夫と4人の息子を、ことごとく海にとられてしまう。さらに5人目の息子の訃報(ふほう)を聞き、次の最後の息子も馬に乗って海へ出かけて行く。この息子もまた、という兆しが一幕劇の初めからあり、「みんなこの世を去ってしまった。海はこれ以上、私にどうすることもできやしない」という老女の心境は、古典的な高い悲劇美を示す。アラン諸島の民俗語を詩の領域に高めた傑作。
[菅 泰男]
『山本修二訳『海へ騎りゆく人々』(岩波文庫)』
…イギリスやヨーロッパの商業的あるいは自然主義的演劇の模倣ではなく,祖国の神話,民俗的伝統,また社会的現実に題材を求めること,ただし政治的党派性を排して,真の民族的文化の自覚を高めること――このような目標をかかげて同志を集めた運動は,1903年アイルランド国民劇場協会Irish National Theatre Societyへと発展し,04年にはホーニマン女史の援助でダブリンに拠点劇場アベー座が建てられた。伝説的英雄クーフリンを扱った《バーリアの浜辺で》(1904初演)から最晩年の《煉獄》(1938初演)にいたるイェーツの戯曲のほとんどがここで初演されたほか,脱獄した独立運動家を扱ったグレゴリー夫人の《月の出》(1907初演),アラン諸島に生きる貧しい漁民たちの不幸を描いたJ.M.シングの簡潔な悲劇《海へ騎(の)りゆく人々》(1904初演)などの秀作が生まれた。ケルト民族特有の幻視的ロマンティシズムにみちた作品や,西部地方の方言を会話に生かした写実的でしかも詩情豊かな作品など,さまざまな作風の作品が簡素で象徴的な演出によって上演され,アベー座は20世紀初頭の世界演劇における重要な一拠点と目されるにいたった。…
…元来,漁夫の防水用であったセーターがアラン・セーターの名で日本でも親しまれている。劇作家シングはしばしばここを訪れ,その経験は《海へ騎(の)りゆく人々》(1904初演)に結実した。R.フラハティの映画《アランMan of Aran》でも知られる。…
※「海へ騎りゆく人々」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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