日本歴史地名大系 「海田市」の解説
海田市
かいたいち
平安末期に成立した
近世初頭の海田村は村高四八石余の小村であったが(安芸国知行帳)、うち四〇石余を屋敷地が占める典型的な町の形態であり(寛永一四年「海田地詰のとり帳」広島大学蔵)、のち「海田市」として町方とされ、庄屋・組頭のほかに町年寄・町肝煎などが置かれた。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
平安末期に成立した
近世初頭の海田村は村高四八石余の小村であったが(安芸国知行帳)、うち四〇石余を屋敷地が占める典型的な町の形態であり(寛永一四年「海田地詰のとり帳」広島大学蔵)、のち「海田市」として町方とされ、庄屋・組頭のほかに町年寄・町肝煎などが置かれた。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
…広島県西部,安芸郡の町。1956年海田市,東海田2町が合体,海田町となる。人口3万0047(1995)。…
※「海田市」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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