清和天皇陵(読み)せいわてんのうりよう

日本歴史地名大系 「清和天皇陵」の解説

清和天皇陵
せいわてんのうりよう

[現在地名]右京区嵯峨水尾

水尾みずお村の西、清和山中腹にあり、別に水尾山陵という。

清和天皇は文徳天皇第四皇子で、母は藤原明子(良房女)。天安二年(八五八)九歳で即位。外祖父藤原良房が人臣初の摂政となった。貞観一八年(八七六)譲位。元慶三年(八七九)出家、同四年洛東の円覚寺で没。没後の同一二月七日、「是夜、酉四剋、奉太上天皇於山城国愛宕郡上粟田山、奉御骸於水尾山(三代実録)とあって、円覚寺の裏山、粟田山で荼毘の後、遺骨をここに安置した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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