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清岡治之助 きよおか じのすけ

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

清岡治之助 きよおか-じのすけ

1826-1864 幕末の尊攘(そんじょう)運動家。
文政9年10月2日生まれ。清岡道之助の従兄(いとこ)。土佐高知藩の郷士。江戸で安積艮斎(あさか-ごんさい)にまなぶ。土佐勤王党に参加し,文久3年首領の武市瑞山(たけち-ずいざん)が投獄されるとその釈放を要求して安芸(あき)郡野根山に集結,同志22人とともにとらえられた。翌元治(げんじ)元年9月5日処刑された。39歳。名は正道。号は曲水。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

清岡治之助

没年:元治1.9.5(1864.10.5)
生年:文政9.10.2(1826.11.1)
幕末の土佐国(高知県)安芸郡郷士,勤王の志士。諱は正道,通称治之助。曲水,桂山と号した。資性沈着にして胆力あり。若くより文武を修行し,江戸に遊学,安積艮斎に入門,また平田国学をも熱心に学んで古史・古伝にも通じた。文久年中に上京,土佐勤王党の同志らと尊攘運動に挺身,しばしば天誅行動におよんだ。同2(1862)年,勅使三条実美の江戸下向に副使姉小路公知に扈従した。同年秋,武市瑞山ら勤王党幹部が下獄したため,治之助は同族清岡道之助ら安芸郡の同志と武市らの救解運動を企てたが,藩政府の追及にあい,ついに捕縛されて同志23名と共に奈半利河原に斬られた。

(福地惇)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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