清普寺(読み)せいふじ

日本歴史地名大系 「清普寺」の解説

清普寺
せいふじ

[現在地名]能勢町地黄

正行山と号し、日蓮宗本尊は十界大曼陀羅。寛政三年(一七九一)の能勢家由来旧記書抜(能多家文書)により、当地の領主でのち旗本となる能勢頼次が慶長六年(一六〇一)に父頼幸(法号清普居士)冥福を祈り建立したことがわかる。開基は日乾の高弟、玉珠院日然。江戸時代を通じ、能勢二一ヵ寺の触頭として地位も高かった。頼幸以後、能勢家歴代の菩提寺で山内には一門の五輪塔・宝塔・立板型石塔の墓石群が並ぶ。「摂津志」に「清普寺在地黄村有、能勢頼幸墓碑傍書曰元亀三年九月二十六日卒」とあるが、該当の墓が今どれであるかはっきりしない。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

二十四節気の一つで,二至 (夏至,冬至) ,二分 (春分,秋分) として四季の中央におかれた中気。元来,春分は太陰太陽暦の2月中 (2月後半) のことで,太陽の黄経が0°に達した日 (太陽暦の3月 2...

春分の用語解説を読む