日本歴史地名大系 「渡一木村」の解説
渡一木村
わたりひとつぎむら
[現在地名]河原町渡一木
北流する千代川西岸に位置し、西は
藩政期の拝領高四四石余、本免六ツ。鵜殿氏の給地であった(給人所付帳)。「因幡志」では家数五五。安政五年(一八五八)の村々生高竈数取調帳では生高一四四石余、竈数二三。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
北流する千代川西岸に位置し、西は
藩政期の拝領高四四石余、本免六ツ。鵜殿氏の給地であった(給人所付帳)。「因幡志」では家数五五。安政五年(一八五八)の村々生高竈数取調帳では生高一四四石余、竈数二三。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...