湖山第一遺跡・湖山第二遺跡(読み)こやまだいいちいせき・こやまだいにいせき

日本歴史地名大系 の解説

湖山第一遺跡・湖山第二遺跡
こやまだいいちいせき・こやまだいにいせき

[現在地名]鳥取市湖山町南一丁目・同四丁目

湖山池北東岸に位置する弥生時代から中世集落遺跡。鳥取大学のある濃山のやま台地の東側および南側の裾部に営まれており、前者を第一遺跡、後者を第二遺跡と呼称している。昭和六三年(一九八八)に調査の行われた湖山第一遺跡では、多くの土師器須恵器とともに古墳時代中期から後期の竪穴住居跡二五棟、平安時代と中世の掘立柱建物跡七棟が検出された。このなかに鉄滓の出土した小型竪穴住居跡があり鍛冶工房跡と推定されている。かつて三浦団地みうらだんち遺跡ともよばれた湖山第二遺跡は、昭和四九年の小規模な調査の後、同五六年に発掘調査され、竪穴住居跡二四棟・掘立柱建物跡四棟・井戸一基が検出されている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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