湯屋寺町(読み)ゆやてらまち

日本歴史地名大系 「湯屋寺町」の解説

湯屋寺町
ゆやてらまち

[現在地名]堺市熊野(くまの)町東(ひがし)五丁

北向井領(きたむかいりよう)町の東にある寺院街区(→寺町)。北東部を占める超善(ちようぜん)寺の名をとって超善寺(ちようぜんじ)町ともいう(文久三年堺大絵図)。元禄二年(一六八九)堺大絵図ののちの貼紙に「湯屋寺町」とあり、大通(だいつう)庵・超善寺・盛宗(せいそう)寺・最勝(さいしよう)寺・極楽寺・長楽(ちようらく)寺・金蓮(こんれん)寺・常安(じようあん)寺の八ヵ寺があった。

大通庵は臨済宗京都大徳寺末で茶人津田宗及が父宗達の菩提を弔うため創建。大通は宗達の道号。春屋宗園を開祖とする。堂宇の完成は元和八年(一六二二)宗及の子江月宗玩のとき。宗及の女婿半井卜養の子翠厳以降、代々半井家が管理した。明治初年廃絶(堺市史)。超善寺は浄土宗で山号法界山泉勝院。天正年間(一五七三―九二)住蓮社存誉の開基(同書)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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