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澄円 ちょうえん

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

澄円 ちょうえん

1290-1371 鎌倉-南北朝時代の僧。
正応(しょうおう)3年生まれ。東大寺で出家,ついで天台や禅をまなび,浄土宗鎮西派の道光に師事。正中(しょうちゅう)2年元(げん)(中国)の廬山(ろざん)東林寺にいき,帰国後和泉(いずみ)堺に慧遠流(えおんりゅう)浄土教の旭蓮社大阿弥陀経寺を建立。禅宗に反論して「夢中松風論」「浄土十勝論」をかいた。応安4=建徳2年7月27日死去。82歳。法名は別に智演,浄円。号は旭蓮社。

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朝日日本歴史人物事典の解説

澄円

没年:応安4/建徳2.7.27(1371.9.6)
生年:正応3?(1290)
鎌倉後期から室町前期にかけての浄土宗の僧。一説に応安5/文中1(1372)年7月22日没。正中2(1325)年に元へ渡り廬山に登り,慧遠の流れをくむ禅浄双修の浄土教を学ぶ。帰国後,後醍醐天皇に奏請し,堺に旭蓮社大阿弥陀経寺を創立し,般舟念仏を修する。後村上天皇に浄土の要義を進講する。禅宗からの浄土宗批判に反駁して,『夢中松風論』や『浄土十勝論』を著し,浄土宗の優れた点を主張した。<参考文献>『泉州廬山旭蓮社開山澄円菩薩伝』,三田全信『浄土宗史の諸研究』

(林淳)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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世界大百科事典内の澄円の言及

【夢中問答集】より

…上巻は〈福を求むる心〉から〈魔境に入らぬ工夫〉まで23項目,中巻は〈本分の大智〉から〈臨終の相〉まで37項目,下巻は〈本分の田地〉から〈真実人に示す法門〉までの33項目からなっている。念仏門の小乗性を批判している点があったので,浄土宗の僧澄円(1283‐1372)は《夢中松風論》全10巻を著して反論した。【藤岡 大拙】。…

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