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東林寺 とうりんじ Dōng lín sì

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世界大百科事典 第2版の解説

とうりんじ【東林寺 Dōng lín sì】

中国,江西省北部の廬山の北西麓に位置する寺院。東晋の僧慧遠(えおん)が,桓伊(かんい)の寄進で,4世紀末に建てた古刹。慧永の住した西林寺に対した。慧遠がこの寺の阿弥陀像の前で123人の同志と〈白蓮社〉という念仏の結社を創設して以後,中国における浄土教の根本道場となり,高僧や文人墨客がしきりに訪れた。今も山門には南無阿弥陀仏の名号を掲げ,慧遠の像をまつる三笑堂や槙の大樹に囲まれた念仏堂がある。【礪波 護】

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All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

世界大百科事典内の東林寺の言及

【慧遠】より

…かくて釈道安に従って各地を転々として,365年(興寧3)に襄陽に移った。しかし襄陽が379年(太元4)に前秦の軍隊に襲われ,釈道安らが長安に拉致(らち)されたため,慧遠は乱を避け弟子数十人を引きつれて荆州上明寺にいたり,さらに羅浮山に赴こうとする途中,廬山の景勝の地で先輩の慧永にとどめられ,江州刺史の桓伊の寄進で東林寺を建て,そこに住した。 それ以後,416年に83歳で没するまでの30年ばかり,〈影,山を出でず,迹,俗に入らず〉の生活をつづけたが,その宗教的感化は江南全域におよび,多くの僧侶のみならず,劉遺民,宗炳(そうへい),雷次宗といった知識人が雲集することになった。…

【廬山】より

…また後漢の明帝のときには仏教の中心地の一つとなり,多くの寺院が山上・山下に建てられた。特に東林寺では南朝晋のときに慧遠(えおん)が出て蓮社(白蓮社)を設立し,弥陀浄土法門を唱えて浄土宗の始祖となった。鑑真(がんじん)も日本へ渡来する前にここを訪れ,本寺の智恩(ちおん)とともに渡日を実行したのであった。…

※「東林寺」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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