日本歴史地名大系 「濡田廃寺跡」の解説
濡田廃寺跡
ぬれたはいじあと
明治三四年(一九〇一)頃発見され、鎮守堂を建てて出土品を祀っていたが、出土品は現在は個人蔵。付近の水田から柱の心礎も発見されたという。濡田周辺からは多数の古式の布目瓦を出土。付近の字
出土品は和同開珎一二枚、多角形有孔の無文銅銭一〇〇余枚、多角形の無文銅銭一〇余枚、四角形無文銅銭二〇〇余枚、長方形に近いもの一〇余枚、同じく銅鋺の破片のごときもの六枚、ほかに金具片数枚で、発掘当時はそれらが八個の素焼製丸底壺に分蔵されていたが、現存の壺は四個である。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報