火宮城跡(読み)ひのみやじようあと

日本歴史地名大系 「火宮城跡」の解説

火宮城跡
ひのみやじようあと

[現在地名]小杉町下条

太閤たいこう丘陵の西端、現在薬勝やくしよう寺や日宮ひのみや社がある所から東側の丘陵にかけての一帯が城跡である。比高は約二〇メートル。北方約二五〇メートルを東西に中世の北陸道が通る。日宮城とも記し、別名を二上城・二上山城という(「三州志」など)。戦国期に神保氏の有力支城の一つだったとみられ、城主として神保長職や神保源七郎(孫七郎)などの名が伝えられる。元亀年間(一五七〇―七三)に長職が没すると、当城には上杉氏に属する長職旧臣の神保覚広や小嶋職鎮らが在城した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

春になって暖かくなりかけた頃、急に寒さが戻って、地面などがまた凍りつく。《 季語・春 》[初出の実例]「七瀬御秡 同晦日也。〈略〉雪汁いてかへる」(出典:俳諧・誹諧初学抄(1641)初春)...

凍返るの用語解説を読む