火矢方役所跡(読み)ひやかたやくしよあと

日本歴史地名大系 「火矢方役所跡」の解説

火矢方役所跡
ひやかたやくしよあと

[現在地名]金沢市材木町

加賀藩の鉄砲火器の製造・修復を行った所で、浅野川左岸、浅野川川除あさのがわかわよけ町と並木なみき町の境付近に位置した。火矢所・火矢細工所とも称し隠密の役所として設置され、町奉行の管轄下に置かれた。施設には三間半に一七間半の鍛冶場(鎔鋳細工所・金具細工所)、三間に九間の木細工所、二間半に五間半の溜之間、二間に四間半の炭蔵、二間に八間の薬調合所・革細工所、三間に二間半の土蔵などがあった。宗暦九年(一七五九)大火でこれらの施設は焼失、天明六年(一七八六)再建されたが、鍛冶場・土蔵以外の施設は統合され規模は縮小した。細工人の構成は年により変動はあるが、木方四人・鉄方五人・真鍮金物方一人の計一〇人となっている(「火矢方小川家由来等書上」加越能文庫)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

関連語 捕虜 並木 開設

4月1日の午前中に、罪のないうそをついて人をかついでも許されるという風習。また、4月1日のこと。あるいは、かつがれた人のこと。四月ばか。万愚節。《季 春》[補説]西洋もしくはインドに始まる風習で、日本...

エープリルフールの用語解説を読む