火走神社(読み)ひばしりじんじや

日本歴史地名大系 「火走神社」の解説

火走神社
ひばしりじんじや

[現在地名]泉佐野市大木

樫井かしい川の上流犬鳴いぬなき川に面して鎮座祭神軻遇突智神。旧郷社。滝宮たきのみや・滝宮大明神とも称される。「延喜式」神名帳の日根郡一〇座の一として「火走ヒハシリ神社」とみえる。正応二年(一二八九)書写の「和泉国神名帳」には「従五位上火走社」とある。中世の当社は九条家領日根庄を構成する入山田いりやまだ村の惣社で、文亀元年(一五〇一)から永正元年(一五〇四)まで大木おおぎ村の長福ちようふく寺に居して庄園支配を行った前関白九条政基の「政基公旅引付」には、当社と村落生活の関係が具体的に記される。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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