烏帽子岳城跡(読み)えぼしだけじようあと

日本歴史地名大系 「烏帽子岳城跡」の解説

烏帽子岳城跡
えぼしだけじようあと

[現在地名]佐賀関町白木

白木(しらき)の西部、標高二六七メートルの城(しろ)山にあり、山頂からは佐賀関半島を取巻く三方の海を見下ろすことができる。「大友興廃記」などによれば永禄一二年(一五六九)佐伯惟教の築城という。弘治二年(一五五六)小原鑑元・本庄新左衛門尉・中村長直・佐伯惟教らが大友義鎮に反乱を企てたが失敗し、惟教は四国に逃亡した。永禄一一年筑前立花(たちばな)城(現福岡市東区と福岡県新宮町・久山町の境)の立花鑑載は毛利氏と通じたが大友宗麟に攻められて没した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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