無動寺村(読み)むどうじむら

日本歴史地名大系 「無動寺村」の解説

無動寺村
むどうじむら

[現在地名]笠松町無動寺

中野なかの村の東、木曾川北岸に位置。慶長郷帳に村名がみえ、高二二三石余。元和二年(一六一六)の村高領知改帳では旗本坪内領。正保郷帳では同坪内家定領(同家領で幕末に至る)、田方三四石余・畑方八〇石余・無地一〇八石余。明治二年(一八六九)の村明細帳によると田二町六反余・畑一〇町三反余、家数五四・人数二三七、馬三。光得こうとく寺は真宗大谷派。「尾濃葉栗見聞集」によればもと天台宗であったが、住持親鸞に帰依して改宗したという。尾張の織田勢を防戦のため、この寺に宿営していた土岐政房八子、八郎頼秀は舅斎藤道三の秘命を受けた松原源吾のため暗殺され(「土岐累代記」など)、ここに葬られた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

春になって暖かくなりかけた頃、急に寒さが戻って、地面などがまた凍りつく。《 季語・春 》[初出の実例]「七瀬御秡 同晦日也。〈略〉雪汁いてかへる」(出典:俳諧・誹諧初学抄(1641)初春)...

凍返るの用語解説を読む