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熊沢天皇 クマザワテンノウ

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デジタル大辞泉の解説

くまざわ‐てんのう〔くまざはテンワウ〕【熊沢天皇】

昭和20年代に、南朝系の皇統を継ぐと自称した熊沢寛道(ひろみち)のこと。大正時代から、自らを後亀山天皇の末裔と称していたが、第二次大戦後にその主張がGHQや米誌の目に留まり、注目を集めた。後に、昭和天皇の退位を求める裁判を起こしたが棄却された。→南北朝正閏論
[補説]南北両朝は1392年に北朝の優位で合一し、以降の天皇家は北朝の系統。第二次大戦前には南朝正統論が国によって認められたが、これは両朝並立の約60年間の正統が南朝だったとするもので、合一後の北朝系の皇統を否定していない。また、後亀山天皇と熊沢を結ぶとされる系統は、一般には信憑性が疑われている。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

熊沢天皇 くまざわてんのう

熊沢寛道(くまざわ-ひろみち)

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世界大百科事典 第2版の解説

くまざわてんのう【熊沢天皇】

第2次大戦後,南朝の正統な皇統の継承者と名乗り出た熊沢寛道(1889‐1966)の通称。1946年(昭和21)1月18日,GHQ名古屋市千種区で雑貨商を営む熊沢寛道が後亀山天皇第19代正統者と名乗り出たことを発表した。熊沢は1945年末,GHQ翻訳部を訪問して系図等を提示しながら南北朝時代以来の歴史を語り,自分こそ天皇家の正統者であると主張し,現天皇を追放して自分を即位させるよう要請した。応対した係官グラントグッドマンらはこれらを総司令部に報告したが,総司令部は46年1月この事実を判断抜きで公表した。

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世界大百科事典内の熊沢天皇の言及

【熊沢寛道】より

…終戦直後,南朝後醍醐天皇の後裔(こうえい)と称し,皇統123代正照王熊沢天皇を名のった人物。みずから南朝直系の皇位継承者であることを主張しつづけたが,1951年1月東京地裁に提訴した〈現天皇不適格確認〉の訴訟が却下されたのを境に,世間から完全に忘れ去られ,78歳をもって生涯を閉じた。…

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