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片岡直輝 かたおか なおてる

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

片岡直輝 かたおか-なおてる

1856-1927 明治-大正時代の経営者。
安政3年7月3日生まれ。片岡直温(なおはる)の兄。明治29年日本銀行にはいり,翌年大阪支店長となる。34年大阪瓦斯(ガス)社長に就任,アメリカから資本を導入した。また阪神電鉄・南海電鉄社長などを歴任し,大阪財界の重鎮として活躍した。昭和2年4月13日死去。72歳。土佐(高知県)出身。海軍主計学校卒。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

片岡直輝

没年:昭和2.4.13(1927)
生年:安政3.7.3(1856.8.3)
明治大正期の実業家。土佐国高岡郡半山村(高知県葉山村)で郷士片岡孫五郎直英と信子の長男として生まれる。幼名欣三郎。慶応3(1867)年に父を失う。明治6(1873)年上京し,電信修技学校を経て海軍会計学舎(のちの海軍主計学校)で学ぶ。11年主計副を皮切りに海軍省に勤務。21~24年フランスに出張したのち,昇進面での不満から25年に予備役に入り,同郷の大臣河野敏鎌(内相,のちに文相)の秘書官となる。26年大阪府書記官に転じる。29年日本銀行に入り,翌年大阪支店長。32年日銀を退職し九州鉄道会社取締役などになったのち,浅野総一郎の懇請により34年2月大阪瓦斯社長に就任(1917年まで)。35年アメリカ資本の導入に成功し,大阪市との間に生じていた道路の使用をめぐる紛争を藤田伝三郎などの助力を得て36年に解決し,同市との間に本邦初の報償契約を締結して,休眠状態にあった大阪瓦斯の操業を軌道に乗せた。大阪経済界を揺るがせた大正3(1914)年の北浜銀行の破綻の際,危機に瀕した同行のほか,大阪電気軌道会社,大林組の救済に尽力したことが示すように,明治末から大正期には大阪財界の有力者となっていた。堺瓦斯,阪堺電気軌道,南海鉄道,阪神電気鉄道の社長にも就任し,浪速銀行,大阪株式取引所,日本染料製造,猪苗代水力電気,大阪織物など多数の企業の重役を歴任。大阪工業会第2代会長(1918~22),貴族院議員なども務めた。実業家で政治家の直温は実弟であったが,直輝は政治嫌いであったといわれる。

(阿部武司)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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