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牛久城 うしくじょう

日本の城がわかる事典の解説

うしくじょう【牛久城】

茨城県牛久市にあった中世の山城(やまじろ)。牛久沼北岸の台地にあった3つの郭からなる城である。この地域を支配していた国人の岡見氏の城。岡見氏はそれまで岡見城を居城としていたが、天文年間(1532~55年)に牛久城を築き、この城を本城とした。その後、同城は佐竹氏、小田氏、結城氏、小田原の北条氏(後北条氏)の勢力争いのはざまで、しばしば争乱の舞台となった。岡見氏は小田氏に臣従していたが、小田氏が佐竹氏によって滅ぼされると北条氏の傘下に入った。北条氏はこの城を岡見氏から接収し、大規模な改修を行って、佐竹氏に対する最前線の拠点とし、北条氏の部将が交替で城に詰めて警戒にあたった。1590年(天正18)に北条氏が滅ぶと、由良国繁が入城して江戸時代を迎え、由良氏に嗣子がいないために改易となると徳川譜代の山口氏が牛久藩の藩主となったが、このころに牛久城は廃城となり、山口氏は1628年(寛永5)、同城跡の一郭に牛久藩の陣屋を築き、この陣屋が明治にいたるまで、同藩の藩庁となった。JR常磐線牛久駅から車で10分、または徒歩約30分。

出典|講談社日本の城がわかる事典について | 情報

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