牛込原町三丁目(読み)うしごめはらまちさんちようめ

日本歴史地名大系 「牛込原町三丁目」の解説

牛込原町三丁目
うしごめはらまちさんちようめ

[現在地名]新宿区原町はらまち三丁目

牛込原町二丁目の西に続き、東西に走る川田ヶ久保かわだがくぼ往還(ほぼ現在の大久保通)に沿う両側町。西は旗奉行同心組屋敷、南は紀州藩付家老水野家の中屋敷、川原源三郎拝領町屋(牛込原町)、北は法身ほつしん寺・願正がんしよう寺、前出水野家の抱屋敷町立ての経緯は一丁目に同じ。町内間数は田舎間で、南側の東西表間口が八二間余、南北裏行は東方で二四間余、西方で二二間余、北側の町屋の東西表間口は八一間余、南北裏行は東方で二〇間余、西方で一三間余、総坪数は三千三三三坪。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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