牧石中村(読み)ひろいしなかむら

日本歴史地名大系 「牧石中村」の解説

牧石中村
ひろいしなかむら

[現在地名]五色町広石中ひろいしなか

牧石上村の南西に位置し、せん山山系の北西斜面と平地からなる。諸水は北西に流れ、南西流する広石川に合流する。正保国絵図に村名がみえ、高三二八石余。天保郷帳では高五四九石余。反別戸数取調書では広石中村とあり、反別五四町一反余、高九五八石余、うち九〇二石余は蔵入地、五六石は賀嶋賢之助の給地、ほかに八幡社領五斗余があった。家数八九・人数四三八。近世後期には鳥飼組に属した。庄屋片山家は尾州浪人で、天正年間(一五七三―九二)に当地に住し、江戸時代には庄屋を世襲、文政一三年(一八三〇)には苗字帯刀を許されている(味地草)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...

大寒の用語解説を読む