狩野泉碩(読み)かのう せんせき

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「狩野泉碩」の解説

狩野泉碩 かのう-せんせき

1682-1744* 江戸時代中期の画家
天和(てんな)2年生まれ。奈須泉石の子。父没後に家をつぎ,越前(えちぜん)福井藩につかえる。元禄(げんろく)15年(1702)藩主松平吉品(よしのり)にしたがって江戸にでて狩野主信(もりのぶ)の門にはいる。宝永6年御所造営のときは,主信をたすけて障壁画の制作にあたった。寛保(かんぽう)3年12月14日死去。62歳。別号に泉竹。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

4月1日の午前中に、罪のないうそをついて人をかついでも許されるという風習。また、4月1日のこと。あるいは、かつがれた人のこと。四月ばか。万愚節。《季 春》[補説]西洋もしくはインドに始まる風習で、日本...

エープリルフールの用語解説を読む