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狩野舞子 かのう まいこ

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

狩野舞子 かのう-まいこ

1988- 平成時代の女子バレーボール選手。
昭和63年7月15日生まれ。ポジションはウィングスパイカー。全国都道府県対抗中学バレーボール大会の東京都代表に選ばれ,中学3年で日本代表候補に選ばれた。八王子実践高2年から主将としてチームをひっぱる。平成19年久光製薬スプリングスに入団。21年全日本代表となり,ワールドカップに出場。22年イタリア・セリエAのパヴィーアに移籍,23年トルコのベシクタシュに移籍。24年ロンドン五輪代表に選ばれ,日本女子バレー28年ぶりのメダルとなる銅メダルを獲得。同年久光製薬スプリングスに復帰,セッターへのポジション転向。27年現役引退。東京都出身。

出典|講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて | 情報 凡例

タレントデータバンクの解説

狩野 舞子


芸名
狩野 舞子

性別
女性

生年月日
1988/07/15

星座
かに座

干支
辰年

血液型
A

出身地
東京都

ブログタイトル
狩野舞子オフィシャルブログ

ブログURL
http://ameblo.jp/kanomaiko-blog/

職種
スポーツ

プロフィール
小学4年生の頃からバレーボールを始め、中学時代には全国都道府県対抗中学バレーボール大会の東京都代表に選ばれるなど、恵まれた体格を生かして頭角を現した。さらに中学3年生時に、中学生としては中田久美以来24年ぶりとなる全日本代表候補に選ばれるなど、そのままエリートコースを進むかに思われたが、この頃から成長にともなう腰痛に苦しむことになり、アテネオリンピックの代表入りは叶わなかった。しかし、八王子実践高等学校に進学後も引き続き1年生時からエース、2年生からはキャプテンとしてチームを率いる活躍を見せた。2007年、姉の狩野美雪も所属する「久光製薬スプリングス」に入団。2008年には怪我を経験したが、人気と実力を兼ね備えた若手ホープとして2009年に全日本代表入りを果たした。その後、2010年に「久光製薬スプリングス」を退団。イタリアセリエAの「Riso Sccoti PAVIA」に移籍、翌年は世界最高峰リーグとも言われるトルコの「ベシクタシュ」に移籍。ロンドン五輪では9年越しの夢が叶い、代表メンバー入り。見事28年ぶりの銅メダル獲得に大きく貢献した。2012/13年からセッターに転向し、再び古巣であるV・プレミアリーグ「久光製薬スプリングス」でプレーする。

代表作品
フジテレビ『ジャンクSPORTS』

出典|株式会社タレントデータバンクタレントデータバンクについて | 情報

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