玉村保(読み)たまむらほ

日本歴史地名大系 「玉村保」の解説

玉村保
たまむらほ

現関ヶ原町の玉一帯に比定され、一時期大炊寮領であった。「勘仲記」弘安一〇年(一二八七)七月一六日条に「玉村保」とみえ大蔵卿の申請どおり、当保の三年分の年貢一万疋(一〇〇貫文)を進納すべきことが決定されている。「師守記」貞治三年(一三六四)八月一一日条に「寮領美濃国玉村保并莚田保」とある。同条によれば、近日中に美濃・尾張の寺社本所領半済が停止されることを知った中原師守は、大炊寮領である当保などに関する文書をみるため、青侍三木善覚を美濃守護土岐頼泰の京都代官武井入道宿所へ遣わしたが、多年押領の地は引付奉書がないといわれ引返していることから、当時すでにかなりの間不知行となっていたことが知られる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

今日のキーワード

発見学習

発見という行為の習得を目指す学習。または,発見という行為を通じて学習内容を習得することを目指す学習。発見学習への着想は多くの教育理論に認められるが,一般には,ジェローム・S.ブルーナーが『教育の過程』...

発見学習の用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android