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中原康富 なかはらの やすとみ

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

中原康富 なかはらの-やすとみ

1400-1457 室町時代の官吏。
応永7年生まれ。明法(みょうぼう)家。隼人正,権少外記(ごんのしょうげき)をへて権大外記となる。嘉吉(かきつ)2年鷹司(たかつかさ)家の家司(けいし)。有職故実(ゆうそくこじつ)に精通した。日記「康富記」は当時の貴族社会の状況をよくつたえている。康正(こうしょう)3年2月16日死去。58歳。

出典|講談社
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朝日日本歴史人物事典の解説

中原康富

没年:長禄1.2.16(1457.3.11)
生年:応永6(1399)
室町中期の官人。父は英隆。隼人正,日向守,権少外記などを歴任し,文安4(1447)年以前に権大外記となったと考えられる。大学助,中務権少輔なども兼ねた。長禄1(1457)年,正五位下に叙せられている。外記局の官人として朝廷の政務に携わっていたところから,その日記『康富記』には,当該期の公家社会の実態や幕府を知る情報が多い。有職故実に通じ,学問にも優れていたため伏見宮や花山院家の子弟の教育にも当たっており,また和歌,連歌もよくし歌会などに出席している。<参考文献>矢野太郎『康富記』解題

(小森正明)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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世界大百科事典内の中原康富の言及

【丹波国】より

…49年(宝徳1)にも奥郡(天田郡,氷上郡)で土一揆の蜂起が伝えられ,多紀郡の八上(やかみ)(現,兵庫県篠山町),船井郡の八木など郡代の在庁は要塞化して城郭が形成されている。公家の中原康富はこのころ天田郡奉行堀孫次郎の居館を訪ねており,室町期の郡代在庁に関する珍しい記録を残している(《康富記》)。 応仁の乱を通じて細川氏は他の守護家のように内訌を起こさなかったため,領国は比較的安定していたが,79年(文明11)には内衆内藤氏と一宮氏の抗争が起こり,82年内藤氏は守護代を更迭され,93年(明応2)まで上原氏が守護代を務めた。…

【康富記】より

…室町時代の権大外記中原康富の日記。別称《中原康富記》。…

※「中原康富」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
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