日本歴史地名大系 「玉桂寺」の解説
玉桂寺
ぎよくけいじ
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
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…墓堂が建てられ,忌日には知恩講がおこなわれ,多くの帰依者が集まった。《一枚起請文》を授けられた源智は師恩に報いんがために,3尺の阿弥陀仏像の造立を発願し,多数の念仏者の協力を得て12年暮に完成した(滋賀県甲賀郡信楽町の玉桂寺に現存)。1227年(安貞1)延暦寺の衆徒が墓堂を祇園社の犬神人(いぬじにん)に破壊させたが,門弟らは直前に廟墳をあらため,遺骸をひそかに西郊へ移した。…
…100人は実数ではなく大集団をあらわす数である。鎌倉初期に百万遍念仏が行われたことは,滋賀県信楽(しがらき)町玉桂寺の阿弥陀仏像胎内文書で明らかであるが,後世のような大念珠が用いられていたかは不明である。浄土宗で攘災のためにこれを行った最初は知恩寺世善阿空円と伝える。…
※「玉桂寺」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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