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王振 おうしん Wang Zhen; Wang Chên

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

王振
おうしん
Wang Zhen; Wang Chên

[生]?
[没]正統14(1449)
中国,明代の宦官。蔚州 (河北省蔚県) の人。正統帝の東宮時代から側近として仕え,正統帝が幼くして帝位につくと司礼太監として次第に専横となり,正統7 (1442) 年太后が没し,内閣の三楊 (楊士奇楊溥楊栄 ) が退官してからは政権を左右していた。

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出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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世界大百科事典内の王振の言及

【宦官】より

…その根城は宮中の宦官24衙門で,多いときには数万人の宦官がいたというが,とくに司礼監太監(宦官の最高位職)は内閣の首席大学士よりも権力が強く,軍事,警察,司法もまたその手ににぎられた。その代表的なものは王振,劉瑾魏忠賢らである。しかし,明代にはすでに天子の独裁権が確立していたので,宦官は天子を後ろだてとしてだけ権力があり,いったん天子の信頼を失えばただちに失脚するので,この点は漢・唐と異なっている。…

【土木の変】より

…その貢使の数は,従来にくらべ数十倍に急増したため,明側が制限を加えると,エセンは49年7月威嚇のため,四手に分かれて侵攻し,みずからは大同に向かった。明は英宗の寵臣,宦官王振の強硬策にひきずられて親征に決し,宣府(現,宣化)付近にて両軍主力が遭遇した。8月15日土木堡にて明軍は全滅し,英宗は捕虜となった。…

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