玖珠城跡(読み)くすじようあと

日本歴史地名大系 「玖珠城跡」の解説

玖珠城跡
くすじようあと

[現在地名]玖珠町山田

玖珠川左岸の標高六八五・五メートルの伐株きりかぶ山山頂にある中世の城跡。切株山城とも。山頂部にあった寺院により史料上は高勝寺こうしようじ(興正寺・洪樟寺・高清寺とも)などとみえ、建武三年(一三三六)三月三日の足利尊氏軍勢催促状写(辛島文書)には高勝寺之城とあり、一色頼行を当城に差遣わしている。史料上多くは玖珠城とする。延元元年(一三三六)八月一五日の沙弥道円軍忠状(野上文書)に、御堂前に集まったこと、高勝寺僧都と三月二四日以来連々と合戦に及んだとあることからも、この時点での高勝寺の存在は確実である。当城が歴史上重要視されるのは九州に没落した足利尊氏軍とそれに同行した大友氏泰軍に抵抗する大友庶家および玖珠・日田・大分各郡の武士が立籠ったことによる。彼らは「玖珠城凶徒」とよばれ、一〇月一二日夜の落城まで持ちこたえている(建武三年一〇月一四日「野上資頼軍忠状」同文書など)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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