琴寄村(読み)ことよりむら

日本歴史地名大系 「琴寄村」の解説

琴寄村
ことよりむら

[現在地名]大利根町琴寄

本村と新田が下新井しもあらい村を挟んで離れており、本村は同村の南、新田は北東に位置し、本村の南西を古利根川が流れ、川沿いに堤がある。対岸間口まくち村との間に渡船場があった。村名は、昔利根川が満水したとき琴を抱いた瞽女が流れ寄り、この地で絶命、哀れに思った村人が厚く葬ったことに由来するという。この瞽女を祀ったと伝える護世ごぜ社が横沼よこぬま神社に併祀されている(大利根町地名考)

田園簿によれば田高一一五石余・畑高六四五石余で、幕府領。このほか善定ぜんじよう寺領七石がある。元禄一〇年(一六九七)検地帳(小林家文書)によると、検地奉行は上野前橋藩家臣。畑屋敷のみで都合一七三町一反余・高四八九石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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