甘糟春女(読み)あまかす・はるじょ

朝日日本歴史人物事典 「甘糟春女」の解説

甘糟春女

没年:明治34.11.12(1901)
生年:弘化1.2.5(1844.3.23)
幕末明治期の武家女性。『塵塚日記』を遺した。出羽米沢藩(山形県米沢市)侍組甘糟継善の娘。名は春。兄継成は『鷹山公遺蹟録』の著者として知られる。幼少の頃より歴史,文学に親しみ,和歌や絵をよくした。『塵塚日記』は慶応2(1866)年のわずか9カ月間の記録ながら,藩政動向をはじめ,陸奥信夫・伊達地方の幕領で起きた百姓一揆信達騒動,慶応の江戸打ちこわし,長州征討など,全国的な政治・社会情勢の風聞が書き留められ,武家女性の政治関心が看取できる。年中行事や衣食住の日常生活に関する記述も多く,幕末武家の生活風俗の記録としても貴重。<著作>『塵塚日記』(『米沢市史編集資料』3巻)

(柳谷慶子)

出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報

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