生畑村(読み)きはたむら

日本歴史地名大系 「生畑村」の解説

生畑村
きはたむら

[現在地名]日吉町字生畑

明治九年(一八七六)上小畑かみおばた・下小畑上稗生かみひよ安鳥やすとり・下稗生の五村が合併して成立した村。

大堰おおい川の支流で、郡境から西南流する木住こずみ川の上流から上稗生・安鳥・下稗生村が並ぶ。木住谷の幅は一〇〇メートル内外であるが四キロ弱の長さがある。谷の南側と北側には五〇〇メートル近い山々が横たわる。三村の東は漆谷うるしたに(現北桑田郡京北町)、南は牧山まきやま(中世木村)、西は殿との村・和田わだ村。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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