改訂新版 世界大百科事典 「産別十月闘争」の意味・わかりやすい解説
産別十月闘争 (さんべつじゅうがつとうそう)
産別会議(1946年8月結成)の指導によって,1946年秋に行われた,傘下12産業別組合の共同闘争のことで,第2次大戦後数年間の〈組合攻勢期〉の頂点をなす争議の一つに数えられる。敗戦後,急速な盛上がりをみせてきた労働運動は,この年の春以来,占領軍と政府による生産管理の否認,大量解雇,大衆示威行為禁止などの厳しい弾圧をうけて,戦後最初の後退を余儀なくされた。そこで産別会議は,馘首(かくしゆ)絶対反対,最低賃金制の確立と待遇改善,産業別統一団体協約の獲得,および吉田茂内閣打倒の目標をかかげた共同闘争によって,この苦境の打破を期した。争議の結果,労働側は国鉄,海員の両労働組合における大量馘首の撤回,電産型賃金体系にもとづく大幅賃上げなどの成果をおさめ,労働運動は翌年の二・一ストへむけて,再び高揚した。
執筆者:河西 宏祐
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報