用宗城跡(読み)もちむねじようあと

日本歴史地名大系 「用宗城跡」の解説

用宗城跡
もちむねじようあと

[現在地名]静岡市用宗城山町・小坂

用宗地区の西方に位置する標高七五・五メートルの通称しろ山にあった城。持船もちふね城・持舟城とも記される。築城年代は明らかではないが、新版「静岡市史」は今川範政が応永一八年(一四一一)駿府に入府して以後、駿府防備のため築城したとしている。天正年間(一五七三―九二)武田氏統治下で水軍の拠点として知られる。同七年九月一九日、「持船之城」は徳川家康軍に攻撃されて「責崩」され、三〇人ほどが討取られた(家忠日記)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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