甲斐広永(読み)かい こうえい

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「甲斐広永」の解説

甲斐広永 かい-こうえい

1812-1861 江戸時代後期の和算家
文化9年生まれ。江戸の長谷川寛,ついで長谷川弘(ひろむ)にまなぶ。嘉永(かえい)5年(1852)「量地図説」をあらわすが,これには長谷川弘,小野広胖(こうはん)の協力があった。文久元年3月17日死去。50歳。常陸(ひたち)(茨城県)出身。字(あざな)は子漢。通称は駒蔵。号は蕃山。著作はほかに「算法量地大成」など。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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